G-2RZ7CC7LC3 失われた「声」と「意味」を取り戻す旅。〜2007年から続いた承認欲求の正体〜|生きてるだけでまるもうけブログ
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失われた「声」と「意味」を取り戻す旅。〜2007年から続いた承認欲求の正体〜

yuword

最近、自宅でMrs. GREEN APPLEの『コロンブス』を夢中で歌っています。妻に聴いてもらってアドバイスをもらったりしながら、機会があればカラオケのコンクールなどにも挑戦してみようかな、なんてアクティブな自分を楽しんでいます。

先日も、一人でカラオケ店に飛び込みました。大好きな大森元貴さんになったつもりで、心を込めて歌います。

AI採点の総合点数は82点から88点。決して低すぎる数字ではありません。でも、画面を細かく見れば、一つひとつの音程やフレーズのところで「×」が並んでいる。

平均点は取れていても、僕が本当に出したい音、届けたいフレーズが、何一つ正確に形になっていない。

「声が出ていない。……あんなに出ていた声が、出なくなっている」

今の自分の「ボロボロ」になった声に、言いようのない寂しさが込み上げてきました。

かつて、僕の声は「勲章」だった

思い返せば、小学生の頃。僕は毎日、風呂に入るたび30分もB’zを全力で歌っていました。

普段は厳格な親父が「うまいな」と漏らした、あの時の突き抜けるような声。間違いなく僕の誇りであり、エネルギーそのものでした。

しかし、その「声」に二次成長という暗い影が差し込みました。

「自分の声は、女性の声なんだ」という自覚。それが僕の望む生き方に対する拒絶のように感じられ、「堂々としゃべってはいけない」と自ら声を封印したのです。

声の代わりに、僕は「ペン」を取った

声を出すのが怖くなった代わりに、僕は文章の世界に居場所を求めました。

中学3年から高校3年までの4年間、僕は毎年「読書感想文」のコンクールに出場していました。

声で自分を表現することを諦めた分、文字で、文章で、自分を証明したかった。書くという能力だけは、衰えさせるわけにはいかなかったのです。

けれど、今になってようやく気づいたのです。

僕は声だけでなく、いつしかその「文字」さえも、手書きの温もりさえも、大切にしなくなっていった時期があった。

声も、文字も、自分を表現する手段を自らすべて絶ってしまった。

「だから僕は、あの頃、八方塞がりだったのか。」

自分の核となる「声」が乗っていないから、僕の思いや文章が誰に伝わっても、そこに何の意味も持たないような感覚がありました。自分の言葉に、自分自身が不在だったのです。

その空虚な穴を埋めるように、僕の心は激しい「承認欲求」に溢れていきました。それは2007年に社会人になってからも、ずっと僕を支配し続けてきた、あまりにも大きな影でした。

0(レイ)」から始まる、再生のテイクオフ

現在、僕は理学療法士として、週に10回、集団体操の指導をしています。意識的に「声を出すこと」を、自分自身のリハビリのように繰り返しています。

カラオケでの「点数は出るけれど、×が並ぶ」という結果は、僕に大切なことを教えてくれました。

僕の声は「枯れた」のではなく、「自分自身で封印していた」だけなのだと。

21日間の断捨離で40個のモノを手放し、2200mを泳いでエゴを削ぎ落とした今、僕の心には真っさらな「空白」ができています。

今夜、3202346分。

すべてが「0(レイ)」に還る春分点。

僕は、声と文字を封印し、外側の承認を求め続けてきた19年間の過去も、すべて「勲章🎖️」として受け入れ、感謝して手放します。

大森元貴さんのように、魂を震わせて歌いたい。

4年連続コンクールに出たあの頃のように、しっかりと「自分」を乗せた言葉を綴っていきたい。

失われた声を取り戻す旅は、今、始まったばかりです。

0」になった僕は、もう外側の評価を必要としません。

自分自身の「声」と「文字」を翼にして、新しい人生の滑走路を力強くテイクオフします。

その先で僕を待っているのは、きっと、どんな音程よりも美しく、自由な僕自身の歌声だと信じています。

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