イタリア展アトラスに行って
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生きてるだけでまるもうけブログ
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第1章:水の中の「静寂」と「研究」
今日も私は、青く澄んだプールの底を見つめています。
メニューは約1500メートル。個人メドレー400メートルを含む、連続での4泳法に、時折「犬かき」や「横泳ぎ」を織り交ぜる独自の遊泳。時間にすれば35分程度。
かつての私なら、この距離を聞いただけで溜息をついたでしょう。しかし今の私にとって、この35分間は苦しさのかけらもない、至福の「意識のトレーニング」の時間です。
水の中では、常に自分自身との対話が繰り返されます。
「次のターンは、もっと足の位置を高くしてみよう」
「バタフライの入水、今日は指先に力が入りすぎているな。なぜだろう?」
「クイックターンの際、クロールから入る時とバタフライから入る時では、水の捉え方がこれほど違うのか」
時折、鼻に水が入ってツンとする痛みや、息継ぎのタイミングがズレて苦しさを感じる瞬間はあります。しかし、それすらも「生きている実感」として愛おしい。
「ついてる、ついてる」と心の中で唱えながらゾーンに入る時もあれば、あえて今抱えている悩みや考え事を水中に持ち込んでみる時もあります。
面白いことに、思考の状態によって泳ぎ方は劇的に変わります。
雑念に囚われている時はキックのタイミングが早まり、体に余計な力が入る。それに気づき、ふっと力を抜いた瞬間に、水と体が一体化する。
この「改善」と「発見」の繰り返し。35分間の遊泳は、私の人生をリブート(再起動)するための聖なる儀式なのです。
続く